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バカイズム

バカこそ真実だ。センスのあるバカを目指します。「面白きこともなき世を面白く」をモットーに突き進め!”バカの中にある真理”を見い出すために。さあ!今日もゆけ!馬と鹿の合わさった人間ども!

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納得しないと”おちんちん大フィーバー”の刑に処す




人は納得していかないと生きていけない。





恐らく人間はさまざまなことに自分を言い聞かせて。
自分を納得させてつじつまを合わせつつ生きている。



考え方や容姿アイデンティティの確立。
他者との接触。NOかYESか。
いいか悪いか。好きか嫌いか普通か。




もちろん、僕だってご他聞に漏れずに
いろいろなことに少しずつ納得して自分という存在
を保ってきた。22年間。この22年間という月日を。







おちんちんパオ~ン!




僕は親父の仕事の都合で何度も転勤を繰り返して
環境が変わっている。いや、むしろ僕にとっては
環境が変わることが自然なことなんだ。





変わらないことが不自然でさえ思えた。




初めて小学校で転校をした時も。


親から「転校しなければならない」ということを告げられた時
今でもあの感覚を覚えている。景色は歪み。何をするにしても
落ち着かない。何を言われても頭に入ってはこない。

全てが悪いことだと信じ込むように。本当にひどかった。
一生あの感覚を忘れることはないだろう。


僕は恐らくその当時住んでる土地が大好きであったし、
周りの友達も大好きだった。みんなも僕を大好きだった。
その頃の僕は泣き虫で、涙をこぼさない日は無いというくらい
の自分勝手さ。
何か自分にとって嫌なことがあると、泣く。
周りのことを気にもせずに泣き散らし、人を傷つけて。
自分はただ、ただ、泣いていた。





おちんちんびろ~ん!






泣くという行為は”自分が悲しいから泣く”ということであるが
斜め視点で考えてみると、泣くことで悲しみを発散しているわけ
なんですね。この時、自分1人の問題で泣くならば問題ないが
相手がいて、自分のために泣くのならばやはりその行為は
”救われたい”だけというあまりにも身勝手としか言いようが無い。



やっぱり泣き虫だった時代の僕のことを考えると
「他人のために泣いた」という記憶がない。
全てはそう、自分のため。自分がかわいいから。
他者とのトラブルで障害が発生したとしても
他人のために泣くわけはなく、自分のために泣く。



子供だったので、周りの大人からしたらかわいいものだったんだろう。
ギャーピーギャーピーと泣いてもバカな大人たちは「ああ、かわいそうだな」って思ってくれる。
見かけやキャラなんかで誤魔化される。
でも、それはすごく残酷なことなんだろう。だっていつまでたっても
成長しないから。そういうことを考えた時、僕は泣くのをやめた。
というかそんな自分にものすごく嫌悪感を抱き始めたからだ。



そんなことで涙があまり出なくなった。
というか代わりに下からも涙が出るように
なった
というのはちょっぴり内緒だ。








自分は何も考えずに発言をしていた。
人を傷つけるつもりがあって傷つけていたわけではない
ので、タチが悪い。ある日、自分が他人を傷つけていた
ということを知った時、天地がひっくり返った。傷つけてきた計り知れないくらいの膨大な痛手を
自分が全て背負うように自分もまた傷ついた。





ショックだった。






自分で自分を傷つけるよりも
自分が他人を傷つけることのほうが







本当に痛いということを知った。






子供だから仕方ないじゃんと思われるだろうが
僕はそうは思わない。僕にとって大人も子供も
関係ないと思っているからだ。早く生まれてきたから
凄いわけではなく、遅く生まれてきたから劣っている
というわけでもない。子供にだって凄いヤツはいるだろう。
人類みな平等だと極潰しのように唄うならこの概念は揺るがない。





だから。







まず、自分よりも他人優先で考えるようになった。
自分で泣くよりも先に何かしようと思ったら
気持ちが楽になった。泣いていたって何も変わらない。
むしろ自分に甘えているだけで、泣くよりも先に
することはしないといけないと思えたからだ。






相手の立場に立って、相手だったらどういう風に考えるのか。
自分よりも先に相手になって考えることが大事で。





もちろん。全ての事柄、全てのシチュエーションに
この考え方が通用するかと言ったらそういうわけではない。
でもやはり基本はそうでないといけないんだ。きっと。







私達は無人島で生きてるわけではない。





他人がいるからこそ、自分だと言える。
自分がいるからこそ、他人だと言える。






大勢の人間がいるからこそ、優劣が決まり
選別の残酷さにはじまり、選別の甘美さが
私達に輝きの日々を与えてくれるのだろう。






たぶん僕はこの世でたった1人になったら





迷うことなく死を選ぶと思う。





だって1人じゃつまんねーんだもん。






1人ワンマンショー。オナニーばっかしてろと?







冗談じゃねーよ。






おっとっとっと夏っだっぜっ!





長くなってしまったわねパオーン。






結論を言ってしまえば







自分と同じくらい他人も大事にしないとだめだっちゃダーリン!






ということだ。






他人あってこそ自分だから。






人生納得の連続っすよー先輩!
おーう後輩、納得しないとなー
人間生きていけねーのよ。分かる?分かる?







しまった!今日は真面目な話をしてしまった!
クンクン。クンクン。自分臭いぞ!俺臭ぇ!!





とりあえず、次回はおちんちんを
如何にして哲学的に描けるかという
ことにチャレンジしてみようかしらね。



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テーマ:つぶやき - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/06/16(金) 02:41:56|
  2. バカイズム的に考える
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